京都で英語を学ぶなら Saeki English School(佐伯英語教室)京都市左京区下鴨泉川町・出町柳

Saeki English School(佐伯英語教室)

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65th anniversary

  • 京都市立病院 副委員長、日本救急学会救急科専門医、京都大学臨床教授
  • 森 一樹 先生からの65周年のお祝いのメッセージ

【英語と私】

はじめに

 Saeki English School (旧佐伯英語教室)創立65周年おめでとうございます。

 自分が初めて門をくぐったのは50年前のことです。人生の曲がり角はいくつもありますが、佐伯英語教室との出会いが人生で最初の、そして最大の転機でした。AFSでの米国留学、医師としての人生、素晴らしい出会い。感謝は言葉に尽くすことはできません。ここでは50年前の自分と英語との出会いについて振り返り、当時の勉強法についてご紹介したいと思います。

英語との出会い

 佐伯英語教室の「入学式」のことは今でも覚えています。1967年3月の初め、洛星中学の合格発表のすぐあとでした。母の知人の松田さんからご紹介いただいたと記憶しています。長い中学入試のための勉強から解放された小学六年生の3月、これから遊ぶぞ、と楽しみにしていた直後でしたが、期待と不安を持って教室にうかがいました。下鴨中学の前の道路はまだ舗装されておらず、雨のあとでぬかるみだらけでした。古い、見たことのない形をした椅子が並ぶ教室でした。故佐伯治先生(佐伯洋先生のお父上。洋先生は当時留学中)の、低音のゆったりとした話し方が今でも眼に浮かびます。「諸君がここでしっかり勉強すれば必ず英語をマスターできます」、「訳すだけの受験英語だけではだめです。これからは話せて、書ける英語でなくてはいけません」そして次のお話しをうかがったとき心に稲妻が走りました。「AFSという高校生の交換留学の制度があります。試験は難関ですが、1年間アメリカに“ただ”で留学できます。この教室からも毎年一人は合格しています」当時のアメリカは、今よりもはるかに遠い世界でした。1ドルは360円、その3年前(1964年)に初めてテレビの「同時中継」(いまでは当たり前の話ですが)が実現した時代です。それがこの教室で勉強すれば、必ずアメリカに行ける!! 不謹慎にもクイズ番組優勝の「ハワイの旅1週間」が頭に浮かび、まだアルファベット習う前に「AFS」挑戦を決めてしまいました。

 週2回の教室は治先生の「授業にでるだけで英語はマスターできます」の言葉を信じて、けっして休まないようにしました。最初に習うのはRとLの発音です。例えばRice(米)やLice(虱)、をはっきり聞き分けられて、正しく発音できなければなりません。治先生の口元がよく見えるようにできるだけ早く行って一番前の席に座るようにしました。通い始めて1ヶ月後に中学の入学式、英語の授業が始まりましたがすでに同級生よりははるか先を進んでいます。英語担当のSister Rosemaryから“Your pronunciation is very good!!”と発音を誉められてとてもうれしかったのを覚えています。そのころいつも一番前に座っていた仲間に同志社のM君、下鴨中学のS君がいます。治先生に三羽烏とかわいがっていただきました。かれらは今、どうしているのでしょうか。こうして、私の英語との出会いがはじまりました。

(写真)AFS交換留学時の新聞より

私の英語勉強法

 特別なことはせず、佐伯英語教室に通い続けました。週二回、時にはお願いして別のクラスにも参加させていただきました。(いまでは回数無制限のクラスもあるのですね)中間試験や期末試験の前になると、準備のため欠席者も多くなるのですが、がんばって休まないようにしました。(かかさず送迎してくれた両親の協力もありました)先生の話される英文をその場で訳す。皆で声をだして話す。先生の日本語をその場で英語に直す。そして皆で声をだして読み上げる。同じ文章を1年中繰り返すのでそのうちに完全に覚えてしまう。ひたすらその繰り返しでした。中学1年生の終わりには、まじめに出席していた生徒は3年生までの教科書をすべてマスターしていました。洛星中学では当時Progress in Englishという教科書を使用していたのですが、授業に出席するだけで定期試験のための勉強は全く不要でした。

 中学2年からは、NHKラジオの英語会話のテキスト(ラジオテキスト)が使用されます。毎朝6時15分からの放送(講師は松本亨先生)を欠かさず聞きました。講師とゲストのアメリカ人のアドリブ会話が聞き取れるのがとてもうれしかったのを覚えています。2年生からは、学校の教科書ではなくReader’s Digestなど佐伯英語教室オリジナルの教材が使用されました。アメリカの日常生活をつづった内容に、留学への思いはますます募っていきました。予習は必ず行いました。次の授業の範囲をまず音読する。(わからない単語をチェックしておく)、つぎに一つ一つの文章を、意味を考えながら読んでいきます。今度はチェックした単語の意味を辞書でしらべていきます。知らない単語はノートに書き写しておきます。意味がわかったところで全範囲をもう一度音読。(声に出すことが大切 !!)その上で授業に臨みました。授業中にはわからなかったところを確認し、終了後に先生に質問しました。もうひとつ私がやったことは、歩きながらブツブツ独り言をいうことです。(もちろん英語で)家を出たら“Oh、It’s a beautiful day today.”(今日はええお天気や)、”I missed the bus. I have to wait another 20 minutes.”(バスがいってしもた。20分も待たんならん)などとつぶやきます。(人のいるところでやると、危ない人と思われるので要注意ですが)わざわざ英会話を習いに行かなくても、これならどこでもできますね。

 中学3年からは、英字新聞が教材に加わりました。英文紙のThe Japan Times を読んでいきます。身の回りの出来事が英語でどのように表現されるのか、とても興味がありました。教室では1日分を何回にも分けて読んでいくのですが、両親に頼んで日刊紙をとってもらうことにしました。英語で新聞が読めることにとても感激しました。1969年といえば、人類が初めて月に着陸した年で世界中が興奮していました。日本語の新聞にない記事も多く、辞書にない専門用語は、日本の新聞と対比しながら読みました。テレビの実況中継も同時通訳なしにすらすら理解できたのはとてもうれしかったです。自分の興味のあることを英語で勉強する、これも英語習得の近道です。

 その後のAFSの試験(筆記、面接、論文)も特別な準備をすることなく合格することができました。高校3年のときには英語検定1級に、大学1年には通訳案内業の試験に合格することができました。

医学と英語

 医学は日進月歩です。求められる知識の量も飛躍的に増加し、私が学生のころと比べて教科書の厚さも三倍になっています。今は優れた日本語の教科書も出版されていますが、最新の、そして重要な知見は全て英語で発表されます。患者さんの診療は、最新の情報に基づいて行わねばなりません。診察室でも、少しでも疑問があるときはスマホから最新のガイドラインやデータベースにアクセスし確認するのが今の診療のスタイルです。「英語会話だけではだめです。読むこと、書くことをおろそかにしてはいけません」佐伯治先生の教えの意味を、今かみしめています。

おわりに

 中学、高校のころ下鴨本通りから糺の森を通って通ったことを懐かしく思い出しています。学ぶことの喜びもですが、毎回必ず何か誉めていただけるのがうれしかったのです。不安でだらけの時期に、自分への自信を与えていただいたことにも感謝の気持ちがいっぱいです。一人でも多くの後輩が英語を学ぶことの喜びを知ってくれることを願っています。

  • 森 一樹
  •  
  • 京都市立病院 副院長、医師

60th anniversary

  • 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)教授 再生医科学研究所教授
  • 楠見 明弘 先生からの60周年のお祝いのメッセージ

【佐伯英語教室の先生方へ】

はじめに

 佐伯英語教室の開塾60周年おめでとうございます。

 いつも、私どもの研究室の若者達(あんまり若くない人達もいますけれど)がお世話になり、有り難うございます。佐伯英語教室で、私たちがお世話になり始めてから、はや5年となりました。おかげさまで、英語での講演やポスター発表、外国からの客人との議論・懇親、突然の海外出張などにも、対応できる若者たちが増えてきまして、非常に喜んでいます。

生徒について

 教えて下さっている連中は、大学院生や博士研究員が多いのですが、お願いした当初は、いくら佐伯教室さんといえども、20数歳にもなった人たちの英語を、発音やリスニングを含め、一から鍛え直すのは難しいのではないかと危惧していました。しかし、少しでも改善されればと、トレーニングをお願いした次第です。結果は、以前にもお礼を申しましたが素晴らしいものです。私たちの研究室を訪問される外国人研究者の方からも、京大の中でも、楠見研の連中は、英語のプレゼンがみんな上手だし、外国の人たちとも物怖じせず、むしろ楽しんで交流していると、ほめられることが増えています。また、大学院生も博士研究員も、外国の学会に参加して議論し、発表を行うことが当たり前という感覚に変わってきました。最近は、国内の学会でも英語発表の機会が増えており、彼らのプレゼンが、しばしば教授先生方より素晴らしかったりするのを見るのは、嬉しいものです。私も、鼻が高いのですが、私の功績は、佐伯先生のところに厚かましくもお願いに上がったというところだけですね。

 ひとえに、先生方のおかげと、非常に感謝しています。

英語の基礎

 実は、私が英語でのコミュニケーションができるようになりましたのは、中学生の3年間、私自身が佐伯英語教室のお世話になったからです。英語を聞いて話す基本、さらに英語の読み書きの基礎はすべて、佐伯英語教室で学んだものです。この基礎があったからこそ、留学している間に英語力と研究の進展がありました。多くの留学経験者の英語が、とても拙いことが多いのは中高生の時期に基礎ができていなかったせいだと思われます。5年前に、このことを研究室の若者達に説明し、佐伯英語教室に通い始めるよう説得しました。また、赤ん坊や小児を除いては、日本人特有の英語学習の問題を解決するには、日本語や日本の事情がよく分かった日本人の先生が必要であることも説明しました(佐伯英語教室の先生方には、お忙しいにもかかわらず、引き受けて下さると快諾を頂いていました)。

 さらに、研究室の若者達を説得するもう一つの材料がありました。研究室員がよく存じ上げている、数人の際だって英語の上手な教授の先生方が、実は、佐伯英語教室の出身者であることが判明したのです。佐伯英語教室の創立者の佐伯治先生が英語塾を始められた動機の一つは、「日本人研究者や大学の先生方は、素晴らしい研究をしても、コミュニケーションできないので相手にされないことが多く、それを解決したい」ということであったと、私も中学生の時に何度か伺う機会があり、強い印象を受けました。開塾の目的が、佐伯ご一家の3代にわたるご努力を通じて、その通りに実現されているということができましょう。強い感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

現在の研究室

 今では、私たちの研究室にも外国人研究者が増え、会話の中に1人でも外国の方が混じったときには、研究室員はすぐに英語に切り替えて会話を続けます。研究室のセミナーも英語です。25年ほど前にベルギー・オランダ・ドイツなどで同じような状況を見て驚いたものですが、同じようなことが、日本の私の研究室で自然にできるようになったのも、佐伯英語教室に、この5年間、次々と新しいメンバーも加わってお世話になり続けた結果です。本当に有り難うございます。今後ともよろしくお願いいたします。また、今後とも、多くの子供達に、英語を教えて下さり、英語(語学)の楽しさと、英語という道具が使えることの素晴らしさを広めて下さることを願っています。

  • 楠見 明弘
  •  
  • 京都大学
  • 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)教授
  • 再生医科学研究所 教授